石神静乃

陸軍大尉『甘粕 正彦』が四四八の父である初代逆十字『柊 聖十郎』と共謀して起こした事件。
史実の甘粕事件とは無関係。

自身の特異体質を治すため、夢を現実にする術『邯鄲法』を編み出した聖十郎は、しかし夢を持ち出す『盧生』の資格を持っていなかった。
そこに名乗りを挙げたのが、聖十郎の飽くなき生への執着に驚嘆し人の可能性を見出した甘粕。
盧生の資格を持ち合わせていた彼は十年の月日をかけて単独で夢界に挑戦し、史上初の盧生として悟りを開く。

しかし、「人は危機に面していなければ堕落する」「人の輝きを絶やさぬため、己が魔王として君臨する」という信条を持つ甘粕は、盧生の力を以て常に苦難をまき散らす苦界『楽園(ぱらいぞ)』を現実にしようと画策。
これを抑止するため、貴族院辰宮と神祇省は盧生の資格を甘粕から奪えなかった聖十郎と取引し、二人目の盧生として聖十郎の息子である四四八を夢界に送り込む。

しかしここで狩摩が何か(内容は不明)をしでかし術にバグが発生。四四八たちは自分が大正時代の人間であることを忘れ、2015年の人間であると認識に齟齬が生じる。
さらに『キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワ』が率いる『鋼牙兵』3000人が四四八の眷属として夢界に潜り込んだことで人生の経験量が圧縮され、四四八は1週間で夢界を踏破し第二盧生となる。

「輝きを絶やさぬために苦難を振りまく」魔王と「輝きを繋ぐために誇らしい生き方を示す」英雄。同じ『人の輝き』を奉じながら異なる道筋を示す二人の盧生。
その決着は、「たとえ英雄や神格であろうと所詮は夢。大事なのはそこから得た無形の輝きであり、その誇りこそが強さ」と邯鄲法を投げ捨てた四四八のただの拳の一撃で決まった。
盧生の力を捨てるという勇気の輝きに未来を託すだけの価値を見出した甘粕は万歳三唱とともに夢界へと消滅。

そして四四八はその宣言通り、夢の力を封じ人の身で仲間と奔走し第二次世界大戦を回避した英雄として歴史に名を刻むこととなる。

人類の集合無意識＝夢を現実に具現する術。これを用いる者を『邯鄲の夢』の故事になぞらえて『盧生』と呼ぶ。
盧生の資格を持つ者は『両親からヒトの善性と悪性を注がれて育った者』。誰でもなれるわけではないが探せばそれなりにいるだろうとは甘粕の談。
そして盧生の資格を持つからといって最初から夢を具現化出来るわけではなく、夢界に潜り盧生の如く人生を繰り返すことで人類史への悟りを開かねばならない。
この時眷属を連れ込むことが可能だが、眷属の数が増えるほど時間を圧縮出来るのと引き換えに帳尻合わせとして盧生資格者により困難な課題を課されることになる。
ちなみに単独で潜った甘粕は攻略に十年かかり、300万人の眷属を連れ込んだ第四盧生はわずか数時間、たった一周で攻略した。

具現化する夢の性質は戟法(アタック)の剛と迅、楯法(ディフェンス)の堅と活、咒法(マジック)の射と散、解法(キャンセル)の透と崩、創法(クリエイト)の形と界の5系統10種10段階(レベル)に分類される。
これらの資質は人によって得手不得手があり、さらに序・詠・破・急・終の五常楽という習熟段階がある。
詠段では二つの属性を組み合わせられるようになり、例えば活と射を組み合わせることで離れた仲間を回復させるといった芸当が可能。
破段では術者オリジナルの夢による固有技を構築出来るようになり、さらに急段では三つの夢の複合に加えて『協力強制』という「二人以上の合意により成立する条件付きの夢」が行使可能になる。
協力強制は術者と対象の二人の合意によって成り立つため、一度成立してしまえば打ち破ることは非常に困難。しかし合意の条件が揃わなければそもそも発動しないという点で破段に比べて使い勝手で劣る。

そして終段は盧生限定の能力で、集合無意識から神格や英霊を召喚・行使することが可能。
この召喚される神霊は術者である盧生をはるかに上回る力を持ち、また存在からして人類との協力強制が成り立っているため強制的に権能を振るうことが可能。
欠点として人類の無意識に刻まれたキャラクターであるため、弱点に該当する概念を叩きつけられると即座に消滅する。

ちなみに静乃の能力は以下。
剛：7 迅：9
堅：8 活：5
射：8 散：6
崩：6 透：7
形：7 界：8
合計：71

迦楼羅面としての鍛錬により全体的に満遍なく高いが活はやや低い。
またオール7である四四八より合計で1上回る。

彼女のルーツは高祖父である第四盧生『黄(ファン) 錦龍(ジンロン)』に遡る。
百年前の阿片窟に生まれた錦龍は生まついての阿片中毒者で、同時に阿片で身体を壊さない特異体質を持ち周囲の人間を見て「ここは幸福な桃源郷だ」と認識して育った。
しかし阿片窟で火災が起き、彼は自分が燃えていることにも気付かない母に抱かれていたことで生還するが、幸福の原風景である母と共に死ねなかったことが挫折(トラウマ)として刻まれる。
そして黄金栄に養子として引き取られてからは現実を「怒りや悲しみに満ちた苦界」と認識し、苦しむ人々を救わねばと最終的に300万人もの人間を阿片に沈めていった。

その頃、満州事変を食い止めるために奔走する四四八と、聖十郎の隠し子で全く同じ体質と人格を受け継いだ『緋衣 征志郎』と出会う。
父と同じく邯鄲法で体質改善を狙ったが第三盧生『クリームヒルト・ヘルヘイム・レーベンシュタイン』と袂を分かった征志郎は新たな盧生資格者を求めており、
自分と真逆の信条を持つ四四八への対抗手段を求めていた錦龍もそれを快諾して阿片漬けにした300万人と共に夢界へ挑戦し、わずか数時間でこれを踏破。
しかし莫大な眷属を連れていたため『(盧生として万全の状態の)柊四四八に勝利せよ』という難題を課され敗北。錦龍は娘を残して眷属と共に夢界に砕け散った。

しかし、征志郎の存在を四四八が認識していなかったことで『聖十郎を許せ』という盧生の課題を完遂していなかった四四八も不完全な盧生と見なされ、
2015年の朔を舞台に両者の試練のやり直しを行うことになる。

錦龍の玄孫である静乃に課された役割。それは試練のやり直しにあたり役者を揃えること。
彼女は幼少期から「自分も百年前に生まれて四四八たちの仲間として戦いたかった」という鬱屈した願望を抱えており、それを彼らの仲間となって活躍する妄想で日々己を慰めていた。
その願望を錦龍の万仙陣が読み取り、四四八たちの子孫に投射(ペースト)、かつての彼らと同じ名前、同じ容姿、同じ人格を持つ役者として舞台となる鎌倉に配置した。

しかし彼らは静乃の二次創作(ユメ)であり、本人が自発的に行ったわけではないとはいえ静乃にとっては都合のいい操り人形でしかない。
自身をメアリー・スーとした『彼らと共に戦い認められながら絆を結ぶ日常』がずっと続けばいいという願望に沈む中、クリームヒルトの介入で夢に亀裂が走り、
さらに南天との邂逅ですべての絡繰りを自覚してしまう。

しかし、彼女は自分の中にある都合のいい夢を見続けたいという具現化した願望と対峙。
憧憬は真実から遠い羽化登仙(ライアニズム)。今度こそ本当に四四八の眷属、“継いで、報いる”孝の犬士として、
願望を消し去るのではなくその性根から叩き直すと、たとえ互いに居心地が悪かろうと願いを抱いたまま現実を向いて生きていくと決心。

しかしそれを見ていた者がおり――

黄錦龍にとって、自分や娘とそれに連なる女性血族は“母の二次創作”である。
これは母に置いて行かれ共に死ねなかったという挫折から、女性血族を桃源郷の原風景である母の代理と見立て
共に羽化登仙することで今度こそ完璧な夢の世界に閉じることを望んでいるから。
それゆえに静乃は錦龍にとって外界との窓口でもあり、現実を認識する穴でもあった。

その静乃が苦しんでいる。夢を見続けていたいという願望を抱きながらそれでも現実と向き合おうと決意して。
それを本人が望んでいるのならともかく、こんな自己矛盾を静乃自身は望んでなどいないのに。
「おまえは幸せになるべきだ」と、錦龍は苦しむ玄孫に手を差し伸べてしまった。

「私をどうにかしたいなら、酔いを醒まして外に出ろ」
静乃と錦龍の間に協力強制が成立し、痛みを感じない無敵の仙王は人生で初めて酔いを醒まされ
さらに静乃の渾身の一撃によって“痛み”を認識してしまう。

そして朔の性質を利用して錦龍討伐のため集結する第一、第二、第三盧生。
苦しむ人を救わなければという高潔な善意を、阿片漬けという方法でしか示せない第四盧生は生涯最初で最後の戦いに挑む。
痛みを理解した錦龍は痛みを以て輝きを説く四四八の主張が理解できず、「勝手に苦痛を楽しむのはいいがこちらを巻き込むな」と隔意を抱く。
そして「貴様のような者がいるから、人は嘆き悲しむのだろうがァッ！」と激昂し、慣れぬ邯鄲法を以て対抗する錦龍だったが、
最後は自閉から醒めたことで離反してしまった自身の召喚した異形の神格『四凶渾沌・鴻鈞道人』と共に夢界の封神台へと封印された。
彼のために死後も祈り続けた娘と共に、人生の輝きを学びなおすために。

そして夢を現実にしていた万仙陣は消え去り、静乃は泣いていた。
憧れていた彼らとその子孫に酷いことをした。なのに彼らはもう消えてしまい謝ることも出来ない。
そして彼らとまた夢を見たいという願望は未だ心の中にある。
錦龍に、万仙陣に打ち勝ったのに、残るのはただ何もないという喪失感ばかり。
それでも前を向いて、今度こそ正しく絆を結んでいく。
それが先人の思いを“継いで、報いる”孝の犬士の有り方だと誇り、万仙陣は終幕した。

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